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最高裁判所第一小法廷 平成4年(行ツ)68号 判決

上告人

花城清喜

右訴訟代理人弁護士

水野幹男

竹内浩史

佐久間信司

田原裕之

中谷雄二

松本篤周

市川博久

松葉謙三

大森康子

片岡義貴

釜井英法

川人博

岡村親宜

上柳敏郎

玉木一成

大森秀昭

安部井上

高畑拓

同訴訟復代理人弁護士

小島延夫

安藤朝規

望月浩一郎

被上告人

那覇労働基準監督署長

平川善徳

右指定代理人

増井和男

外七名

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

本件を那覇地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人水野幹雄、同竹内浩史、同佐久間信司、同田原裕之、同中谷雄二、同松本篤周、同市川博久、同松葉謙三、同大森康子、同片岡義貴、同釜井英法、同川人博、同岡村親宜、同上柳敏郎、同玉木一成、同大森秀昭、同安部井上、同高畑拓の上告理由第一点について

一  上告人は、昭和五一年八月二六日に業務上被った負傷について、被上告人に対し、昭和六二年六月一日以降の期間に係る療養補償給付及び休業補償給付の請求をしたところ、被上告人から平成二年七月五日付けで給付をしない旨の決定(以下「本件処分」という。)を受け、これを不服として、同月一六日、沖縄労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたが、その決定がされない間の平成三年一月二五日、本件処分の取消しを求める本件訴えを提起したものである。

本件処分のような保険給付に関する決定に不服のある者は、労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をし、その決定に不服のある者は、労働保険審査会に対して再審査請求をすることができるものとされ(労働者災害補償保険法三五条一項)、また、保険給付に関する決定の取消しの訴えは、再審査請求に対する労働保険審査会の裁決を経た後でなければ提起することができないものとされている(同法三七条)。すなわち、保険給付に関する決定に対する不服については、二段階の審査請求手続が定められるとともに、処分の取消しの訴えと審査請求との関係について行政事件訴訟法(以下「法」という。)の採る自由選択主義の原則(法八条一項本文)の例外である裁決前置主義(同項ただし書)、それも再審査請求に対する裁決の前置主義が採られているのである。しかし、法は、裁決前置主義が採られている場合であっても、その例外の一つとして、「審査請求があった日から三箇月を経過しても裁決がないとき」は、裁決を経ないで、処分の取消しの訴えを提起することができるものとしている(同条二項一号)(なお、法に「審査請求」というのは、法三条三項により、審査請求、異議申立てその他の不服申立てをいうものとされている。)。本件においては、本件訴えが法八条二項一号の要件を満たしているかどうかが、本案前の争点となっている。

原審は、労働者災害補償保険法が二段階の審査請求手続を定めた趣旨によれば、本件処分の取消しの訴えについては、法八条二項一号の「審査請求」は労働保険審査会に対する再審査請求を指すものと解すべきであるから、本件は同号の規定する場合に当たらず、本件訴えは不適法であるとして、これと同一の理由により本件訴えを却下した第一審判決に対する上告人の控訴を棄却した。

二  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  法八条二項一号は、裁決前置主義が採られている場合であっても、裁決庁の裁決が遅延することによって国民の司法救済が遅れるという事態を回避するために、裁決前置主義を緩和すべき一場合を定めるものである。行政処分について、二段階の審査請求手続が定められ、かつ、第二段階の審査請求に対する裁決の前置主義が採られている場合に、仮に法八条二項一号の「審査請求」が第二段階の審査請求だけを指すものであるとすれば、第一段階の審査請求に対する裁決が遅延するときには、行政処分の取消しを求める者は、同号の適用によって司法救済を受けることができず、第一段階の審査請求に対する裁決について不作為の違法確認の訴えを経なければ、処分の取消しの訴えを適法に提起し得ないこととなる。このような事態は、国民の司法救済の道を不当に閉ざすものであるといわなければならない。右の場合には、法律に特段の定めがない限り(国税通則法一一五条一項一号、七五条五項参照)、法八条二項一号の「審査請求」は、第一段階の審査請求と第二段階の審査請求のいずれをも指し、そのいずれに対する裁決が遅延するときにも、同号が適用され、裁決前置主義が緩和されるものと解すべきである。

2  労働者災害補償保険法は、前記のとおり、保険給付に関する決定に対する不服について、二段階の審査請求手続を定め、かつ、取消しの訴えにつき第二段階の審査請求に対する裁決の前置を定めている。その趣旨は、多数に上る保険給付に関する決定に対する不服事案を迅速かつ公正に処理すべき要請にこたえるため、専門的知識を有する特別の審査機関を設けた上、裁判所の判断を求める前に、簡易迅速な処理を図る第一段階の審査請求と慎重な審査を行い併せて行政庁の判断の統一を図る第二段階の再審査請求とを必ず経由させることによって、行政と司法の機能の調和を保ちながら、保険給付に関する国民の権利救済を実効性のあるものとしようとするところにあると解せられるから、再審査請求に対する裁決を経ないで取消しの訴えが提起されることは、本来同法の所期するところではないといえる。

しかし、そうであるからといって、これらの定めから、保険給付に関する決定について、法八条二項一号の「審査請求」を第二段階の審査請求に限定するとの趣旨を読み取ることはできないのみならず、労働者災害補償保険法は、審査請求に対する決定が遅延した場合に決定を経ないで再審査請求をすることを許容するなど、その遅延に対する救済措置の定めを置いていないのであって、それにもかかわらず、第一段階の審査請求についての法八条二項一号の不適用を定めたものと解するならば、国民の司法救済の道を不当に閉ざす結果を招くことは明らかであるから、そのような解釈は採り得ないといわなければならない。

3  したがって、保険給付に関する決定に不服のある者は、労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をした日から三箇月を経過しても決定(法八条二項一号の「裁決」に当たる。)がないときは、審査請求に対する決定及び再審査請求の手続を経ないで、処分の取消しの訴えを提起することができるものというべきである。

三  そうすると、原判決には法八条二項一号の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件訴えを却下した第一審判決を取消して、本件を第一審に差し戻すべきである。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八八条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三好達 裁判官大堀誠一 裁判官小野幹雄 裁判官高橋久子 裁判官遠藤光男)

上告代理人水野幹男、同竹内浩史、同佐久間信司、同田原裕之、同中谷雄二、同松本篇周、同市川博久、同松葉謙三、同大森康子、同片岡義貴、同釜井英法、同川人博、同岡村親宜、同上柳敏郎、同玉木一成、同大森秀昭、同安部井上、同高畑拓の上告理由

《目次》

はじめに

第一点 法令解釈の誤り(労災保険法三七条と行政事件訴訟法八条二項一号との関係)

一 原判決の法令解釈

二 行政事件訴訟法八条二項一号の立法趣旨との不整合

三 行政事件訴訟法八条二項一号の文理解釈との不整合

四 労災保険法三七条の立法趣旨との不整合

五 最高裁昭和五六年九月二四日判決の位置付け

六 原判決の解釈による場合の結果の実質的不当性

七 原判決が挙げる実質的根拠の不合理性

第二点 憲法解釈の誤り(労災保険法三七条の憲法三二条及び一四条一項違反)

第三点 法令解釈の誤り(行政事件訴訟法八条二項三号の解釈適用)

結語

はじめに〈省略〉

第一点 原判決には、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)三七条と行政事件訴訟法八条二項一号との関係につき、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈の誤りがある。

一 原判決の法令解釈

原判決(及び原判決が引用する第一審判決)は、「争点に対する判断」の第一項において、行政事件訴訟法八条二項一号の「審査請求」は、労災保険法にいう「再審査請求」を指すものと解するのが相当である、と判示した。

しかし、右解釈は、文理解釈からも、また実質的観点からも、全く根拠が無いものであって、明らかに誤りである。

以下、項を分けて論じる。

二 行政事件訴訟法八条二項一号の立法趣旨との不整合

行政事件訴訟法は一九六二年(昭和三七年)に制定されたが、これは一九四七年(昭和二二年)制定の労災保険法より後である。

ところで、行政事件訴訟法八条一項本文は、処分取消しの訴えと審査請求との関係の大原則として、いわゆる自由選択主義を採用した。

これは、旧法(行政事件訴訟特例法)が採用していた訴願前置主義に対しては、従来より、違法な行政処分に対する国民の司法救済を遅らせ、困難にし、ひいては憲法三二条が保障している国民の「裁判を受ける権利」を侵害しているとの批判が強かったため、新たに「処分の取消しの訴えは、当該処分につき法令の規定により審査請求をすることができる場合においても、直ちに提起することを妨げない」と、原則を一八〇度転換したものである。

そして、同条同項但書は自由選択主義の例外として、個別の法律に明文の定めがある場合に限り裁決前置主義を採ることを認めているが、右自由選択主義を採用した趣旨を貫徹するため、同条二項は、さらにその例外として、そのような個別の法律のもとにおいても「裁決」を経ないで訴えを提起することができる場合を定めたものである。

とりわけ、同項一号は「審査請求があった日から三箇月を経過しても裁決がないとき」には、「裁決」を経ないで訴えを提起することができると規定している。

これは、行政の大量的・統一的処理の要請から、個別の法律に基づく裁決前置主義を容認した場合においても、これを無制限に容認すると自由選択主義の原則が崩され、国民の「裁判を受ける権利」が侵害されるのを防止するため、「審査請求があった日から三箇月を経過しても裁決がないとき」には出訴を認めることによってその調和を求めたものにほかならない。

従って、この立法趣旨よりすれば、法が二段階の裁決前置主義を採用している場合において、「審査請求」とは第一段階及び第二段階のそれを指し、「裁決」とは第一段階及び第二段階のそれを指すと解すべきであり、これらをすべて第二段階の「再審査請求」と「裁決」と解すべき合理的理由は存しない。

要するに、あくまで例外的な制度としてであれば個別の法律で裁決前置主義を採ることを禁止まではしないが、その場合でも、審査請求の審理中であることを口実にして国民の出訴を審査請求後三箇月以上阻止してはならないというのが行政事件訴訟法の趣旨であって、この点を看過した解釈は絶対に許されないのである。

三 行政事件訴訟法八条二項一号の文理解釈との不整合

行政事件訴訟法三条三項は、「審査請求、異議申立てその他の不服申立て」を一括して、「以下単に『審査請求』という」と定義づけている。

また、「行政庁の裁決、決定その他の行為」を一括して、「以下単に『裁決』という」と定義づけている。

即ち、右定義規定からも明らかなように、行政事件訴訟法において「審査請求」とは、行政不服審査法にいう「審査請求、異議申立てその他の不服申立て」一般を総称しているものである。

また、「裁決」とは同法にいう「行政庁の裁決、決定その他の行為」一般を総称しているものである。

したがって、右用語定義に従うほかなく、行政事件訴訟法八条の一項本文、但書、二項一号にいう「審査請求」及び「裁決」も右の意味であることは明白である。

注釈書をひもといても、右「審査請求」とは、行政不服審査法五条にいう審査請求(狭義の審査請求)のみならず、異議申立てその他の不服申立てを含むという点は、全く当然のこととされている(園部逸夫編『注解行政事件訴訟法』一三七〜一三八頁ほか)。

従って、文理解釈としても、本件で問題となっている労災保険法三七条のように行政処分について審査請求及び再審査請求の二段階の不服申立て手続の前置を規定している制度のもとにおいては、行政事件訴訟法八条二項一号にいう「審査請求」とは右審査請求と再審査請求の両方それぞれを指すものと解するのが当然なのである。原判決のごとくこれを再審査請求のみを指すと解する(被上告人の表現によれば「読み替える」)根拠は全く存しないのである。

従来は、労働省自身も右解釈を採用してきており、本件のごとき解釈に基づく本案前の抗弁が出された例は存せず、労災保険法が二段階の裁決前置主義を採っていても、「審査請求があった日から三箇月を経過しても裁決がないとき」には「裁決を経ないで訴えの提起ができる」と解説してきたのである(有泉・中野編『雇用保険法・労災保険法』日本評論社、昭和五八年刊)。

四 労災保険法三七条の立法趣旨との不整合

行政事件訴訟法の自由選択主義に対し、労災保険法三七条が例外を定めた趣旨については、「保険給付に関する処分は、大量的に行われ、行政の統一を図る必要があること、処分の内容も専門的知識を要すること、かつ、裁判における訴訟手続、費用、係争期間等を考えれば、行政庁に対する不服申立てを前置することが行政及び司法の機能との調和を保ちつつ簡易迅速に国民の権利利益の救済を図るに有効であると認められるので、不服申立て前置主義をとることとしているのである。」(『雇用保険法・労災保険法』有泉亨・中野徹雄編、三六四頁)と一般に言われている。

しかし、第一段階の審査請求後三箇月経過時点で行政訴訟を提起することを認めても、労災保険法三七条の右立法趣旨に反することにならないのは、以下のとおりである。

第一に「処分の内容が専門的知識を要する」との点については、専門的知識を有する専門機関に判断を委ねた方が「迅速」に処理できるからこそ、国民の「裁判を受ける権利」を制約しても正当化されるのであろう。従って、迅速に処理されていない状態、即ち第一段階の審査請求後三箇月を経過した時点では、もはや自由選択主義の例外を認める根拠たり得ない。

第二に、「裁判における訴訟手続、費用、係争機関等」については、当の国民がその負担を承知し、「簡易」ではあるが救済に向けて迅速に機能しない行政庁に対する不服申立手続の結論を待つよりも、裁判手続に移行したいという場合に、その国民の「裁判を受ける権利」を制約する根拠たり得ない。

最後に、「行政の統一」の点であるが、ここで問題とされる「行政の統一」とは、労働基準監督署長の処分に対して不服のある事例を審査請求制度を通じて労働者社災害補償保険審査官が把握し、同審査官の決定に対して不服のある事例を再審査請求制度を通じて労働保険審査会が把握することにより、それぞれ公平な判断をする基盤を確保することを意味しよう。

即ち、同種の事例については同じように扱い、公平を図るというのが行政の建前であり、そのためには、大量に発生することが予測される事例については統一的な処理をすることが求められる。

ところが、行政庁によりなされた処分について当事者が不服を持っている事例について、ある事例は直接司法機関に流れ、ある事例は(上級の)行政機関に流れてくるということでは、行政が全体を把握することが困難になり、偏った情報が原因で判断に誤りが生じてくる可能性もある。それを回避しようというのが「行政の統一」の趣旨であろう。

従って、第一段階の審査請求後三箇月を経過すれば、当該事例を審査官が把握するのに十分な期間は行政機関に保障されたのであるから、請求当事者が行政訴訟を提起することが許容されるべきである。ただ、行政訴訟を提起しないまま審査官の決定が出れば、それに対する不服については審査会が把握することに意味があるので、再審査請求後三箇月を経過しなければ行政訴訟を提起できないとされているのである。

なお、「行政の統一」の意味を、以上と異なり「最終的に審査会の判断によるチェックを受けることによって行政の最終見解を統一していく」というような意味に解することは不合理である。

なぜなら、①そのように解することは、再審査請求後三箇月を経過すれば行政訴訟を提起でき(この点について異論は存在しない)、審査会の判断が示されるに至るとは限らないことが説明できないし、②審査官段階までで終了し、審査会に上がって来ない事例も多く存すること、③また労基署長や審査官の段階で支給決定された事例も(裁判の場合に上級審による不利益変更があり得るのとは異なり)審査会でのチェックを受ける機会が無いことと矛盾するからである。

五 最高裁昭和五六年九月二四日判決の位置付け

被上告人が援用している最高裁昭和五六年九月二四日判決(判例時報一〇一九号六〇頁)は、地方公務員災害補償法(以下「地公災法」という。)の解釈に関するものであるが、この判決は、審査請求に対する棄却裁決を受けた後に再審査請求をすることなく提起した処分取消しの訴えを、同法五六条により不適法としたに過ぎず、本件とは全く事案が異なるものである。

右事案においても、もし、本件のように①審査請求をした日から三箇月を経過した後裁決があるまでの間に訴えを提起するか、あるいは、②右裁決を受けた後に一旦再審査請求をし三箇月を経過した後に訴えを提起していれば、いずれの場合も行政事件訴訟法八条二項一号により、訴えは適法とされていたことは明らかである。

すなわち、①請求者は審査請求後裁決なくして三箇月を経過した時点では、自由選択主義の原則に戻り、直ちに訴えを提起するか、審査請求の結果を待つかを自由に選択することができる状態になるが、②審査請求の裁決を待った以上は、再審査請求前置主義の制度の下では一旦再審査請求をしなければならないということであり、右最高裁判決はあくまで後者②の点について判断を示したものに過ぎないのである。

なお、右最高裁判決が②の結論を導いた理由は、次のとおり考えられる。

Ⅰ 行政事件訴訟法八条二項一号は、裁決がないことで次の手続に進むことができないケースを救済しようとするものであるところ、審査請求に対する裁決が出た後には、再審査請求をすることで手続を進めることができ、救済の途がある。

Ⅱ 右第一審の裁決が出た以上は、被上告人の主張する「第二審による厳格慎重、統一的処理の要請」が発生する。

右最高裁判決に対する評釈も、次のとおり、揃って以上の点を正当に指摘しているところでもある。

金子芳雄評釈(自治研究五八巻二号四〇頁、行政判例研究四八八頁)は、「本件の場合、原告は審査請求をおこない三ケ月以上経過した昭和五一年二月ごろに行訴法八条二項により裁決をまたず出訴したら、裁判所はこれを適法な訴えとして受理し、本案判決しなければなるまい。このような場合にまで、法が再審査請求の裁決を要求しているからといい訴えを却下したら、仮りに審査請求段階で裁決まで非常に長時間かかっても請求人はこれを受忍しなければならないが、再審査請求なら三ケ月まてば出訴できるという、請求人の救済を無視した形式論のみが成立することになる」が、それは不当だと指摘している。

岡村周一評釈(民商法雑誌八七巻一号一三一頁)も、右金子評釈を引用した上で、「本件においては、審査請求があった日からそれに対する裁決まで三年以上が経過している。行訴法八条二項一号はこの場合の第一段階の不服申立てである審査請求には適用がなく原告は不作為の違法確認の訴えを提起すべきであるとするのが不合理である以上、原告は審査請求提起の日から三ケ月を経過した日から、取消訴訟を提起できたはずである。」と指摘している。

つまり、本件のような第一審の裁決以前の段階においては、手続を進める方法としては訴訟提起以外の途はないし、また、第一審の裁決がない以上、「第二審による厳格慎重、統一的処理」の必要もないのであって、右最高裁判決の事案とは全く異なるのである。

被上告人が援用する大阪地裁平成二年三月一九日判決(訟務月報三六巻八号一四四六頁)は、以上述べたことからも明らかなとおり、原判決と同様に法律解釈を誤ったものであり、是正されるべきであると確信する。

本件の原判決や第一審判決も、また右大阪地裁判決のケースも、被災労働者の本人訴訟に対して、下級審が短期間で安易に門前払いを食わせた点で共通している事例であるが、例えば、名古屋地方裁判所民事第一部(労働部)では、裁判所が合議の上で、右各判決の見解には反対であり原告労働者側の見解を支持する旨を明確に表明して、審査請求後三箇月を経過したことにより提起された複数の事件について実体審理を進行させてきているし(同裁判所平成二年(行ウ)第三号・平成三年(行ウ)第三四号・平成三年(行ウ)第五二号事件)、津地方裁判所に係属中の事件(同裁判所平成三年(行ウ)第三号事件)も同様の進行となっている(いずれも上告代理人弁護士が担当中の事件である)。

六 原判決の解釈による場合の結果の実質的不当性

現在、労災の審査請求の審理は全国的に極めて遅延しており、審査請求後裁決まで二年、三年と要する事例が稀ではない。特に、いわゆる過労死事件に対する支給決定から審査請求、再審査請求に至る過程の審理の著しい遅延は公知の事実であり、認定基準の運用のひどさと相俟って社会問題となっている。

原判決のような解釈を採ると、労働者災害補償保険審査官に対する審査請求の段階では、請求者はたとえ何年待たされようとも、審査請求に対する裁決がなされ、その裁決に対して再審査請求をしてから三箇月を経過するまでの間は訴えを提起することができないことになるが、このような結論が前記憲法三二条の精神に基づく行政事件訴訟法八条二項一号の立法趣旨に反することは誰が見ても明らかというべきであって、その不合理さは前記金子・岡村評釈も指摘しているとおりである。

よって、不支給処分について労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をした日から三箇月を経過しても裁決がないときは処分取消しの訴えを適法に提起することができるとする解釈は、単に前記のように文理上正当であるのみならず、実務的にも、また社会的にも強く要請されているものである。

ちなみに、行政事件訴訟法八条二項と同旨の規定を置いていた旧法に関するものではあるが、田中二郎著『行政事件訴訟特例法逐条研究』(ジュリスト選書・一五六頁以下)は、二段階以上の訴願について同様の問題が論じられており、三箇月の期間は最初の訴願を提起した日から数えるべきであるという点では論者が一致した見解を示している。そして、その理由としては、要するに「司法救済と行政救済との関係を取上げて考えればよいのであって、行政救済の構造が何段階あるかということは重要ではない。……行政救済の与えられるまでせいぜい三箇月くらいまでは待とう。三箇月たっても駄目だったらもう訴訟を出してもいい、という趣旨のものだ」と正当な指摘がなされている。

本件においても、一九九〇年(平成二年)七月になされた審査請求から昨年一二月の原審口頭弁論終結・判決に至るまでの間だけをとっても、一年半近くを経過しているにもかかわらず裁決がされていない。このように、行政庁の手続の遅延によって憲法の保障する「裁判を受ける権利」が損なわれるようなことは、絶対にあってはならないのである。

なお、このような弊害も、審査請求をした日から三箇月を経過しても裁決がないときは再審査請求の段階に進める旨の規定がもしあるのならば、まだ救いがあるかも知れない。

先に引用した岡村評釈も、前記引用部分の後に、「もっとも国税通則法の場合のように、異議申立てと審査請求が前置され(同法一一五条一項本文)、異議申立ての提起から一定の期間が経過したときには、審査請求をすることができるものとされ(七五条五項。参照行政不服審査法二〇条二号)、かつ、異議申立ての提起から一定の期間が経過したというだけでは取消訴訟の提起が認められていない(国税通則法一一五条一項)場合には、異議申立ての段階にとどまっているかぎり、あるいはそれに対する決定を経ただけでは、取消訴訟を提起できないことは言うまでもない。また、健康保険法の場合のように、審査請求と再審査請求が前置されているが、審査請求の提起から一定の期間が経過したときには棄却裁決があったものとみなして再審査請求をしうるものとされている場合(同法八〇条二項)には、法律が二段階の不服申立てを前置した趣旨から考えて、同様に解する余地はある。しかし、地公災法におけるように、第一段階の不服申立てに対する裁決・決定がないまま、その提起から一定の期間が経過しても、第二段階の不服申立てをなしえない場合には、先のように解するほかないと思われる。……審査請求が迅速に処理されない場合に対応する規定をおいていない地公災法に問題があるというべきであろう。」と結んでいる。

この点、行政不服審査法二〇条は、異議申立てと審査請求との関係につき、原則として異議申立て前置を定めているが、同条二号は「当該処分について異議申立てをした日の翌日から起算して三箇月を経過しても、処分庁が当該異議申立てにつき決定をしないとき」には審査請求に進むことができる旨を規定している。

ところが、審査請求と再審査請求との関係については、このような規定が全く存しない。同法五六条は、再審査請求について、右二〇条の準用を明確に排除しているのである。

このことは、行政不服審査法の立法の不備というよりも、むしろ逆に、そのような場合は、同法と同時に施行された行政事件訴訟法の八条二項一号の適用により、直ちに訴えの提起を認めることによって救済することが最初から予定されていたと解するべきである。

七 原判決が挙げる実質的根拠の不合理性

被上告人は、労災保険法における審査請求及び再審査請求の二審制度の採用根拠として、労災保険給付に関する処分については「不服申立事案の、より迅速で公正かつ統一的処理を図る必要があること、その審査に当たり専門技術的知識が要求されること等の特殊性を有するため、これらに対応し、まず第一審に特に簡易迅速処理を期待し、第二審に特に厳格慎重、統一的処理を要請」したものであるとし(第一準備書面二頁)、原判決及び第一審判決も右主張を採用して、前記解釈の根拠としている。

しかし、右は、審査請求後三箇月経過時点での訴え提起を禁止しなければならない実質的根拠とはなり得ず、むしろ逆にこれを許容すべき根拠となることは、既に指摘してきたとおりである。

即ち、まず、第一審に「特に簡易迅速処理を期待」しているというが、審査請求後裁決なくして三箇月を経過した場合は、現にその期待が実現しなかったものということになり、もはや訴え提起を制限する根拠にはなり得ない。

渡部吉隆・園部逸夫編『行政事件訴訟法体系』(西神田編集室、二九三頁)は「ある種類の処分について、例外的に裁決前置主義を義務づけることが立法政策上、総合的にみて適当であると考えられるなら、それにふさわしい不服審査機関の組織、機能を整備し、名実ともに国民の権利利益の救済本位に運用される制度的(人的、機構的、手続的)保障を担保すべきものと考える。」と指摘しているが、実際にはこのような担保が全く存在していないのである。

また、再審査請求後三箇月経過時点での訴え提起は認められる(このことについてはさすがに被上告人も認めている)のだから、結局、右第二審の判断は必ずしも示されないことになるのであって、「第二審による統一的処理」も絶対的要請とはなり得ないのである。

そもそも、自由選択主義の大原則の下で、二段階もの審査請求の前置を要求する法を制定するには立法政策上極めて慎重な態度が求められるべきであって、このことは広く指摘されている。

ところで、民間労働者や地方公務員の場合と異なり、国家公務員災害補償法は、実施機関の認定に対し人事院への審査の申立てを認めているけれども、審査請求の前置を要求する規定さえ設けておらず、完全な自由選択主義となっている。

これは単に不公平・不平等というよりも、労災保険法や地公災法が二段階もの審査請求の前置を要求していることの根拠が、実際には極めて薄弱であることを裏付けているものである。

第二点、第三点、結語〈省略〉

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